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春色チューリップ
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歴史

世界中の人々に愛されているチューリップの歴史を、みなさんは知っていますか?チューリップがどのようにして生まれ、どんな歴史をたどってきたのか?また、日本へはいつ頃伝わったのか?等々。その本格的な歴史は、今のイスタンブールから始まると言われています。

チューリップの起源

もともとチューリップは中国の西部に位置するチベット、中東から地中海沿岸の地域で咲いていたと考えられています。これは、それらの地域に移住してきたトルコ民族によって植えられたもの…。

彼らはふるさとの花を民族衣装には欠かせないターバンやアクセサリー、生け花などの材料として使っていました。そして、ちょうどオーストリアの大使としてトルコにいたA・G・ブズベックによって、初めてチューリップがヨーロッパに持ち込まれました。彼は1554年にコンスタンティノープル(現在のイスタンブール)周辺でチューリップを見かけて、通訳に花の名前を聞いたところ、通訳がチューリパム(ターバンの意)と聞き違えてしまいました。以来、その花は“チューリップ”と呼ばれるようになったというわけです。

高貴の花

ヨーロッパにチューリップが持ち込まれると、あっという間に注目の的となりました。けれど、オランダやドイツの人々はチューリップを“高貴の花”と考えていたため、上流階級の人々にしか普及していませんでした。上流階級の人々は、普段使う陶器やタイル壁画がすべてチューリップの模様で埋めつくしていたんだとか。

その当時、まだまだ珍しかったチューリップは、一般庶民が気軽に楽しめる花ではありませんでしたが、庶民に広まるのも時間の問題だったのです…。それから、しはらくしてオランダを中心に一大ブームが巻き起こることになります。

人々を夢中にさせたチューリップ

そして、その大ブームは17世紀に入り、起こりました。オランダやドイツの商人たちは、競い合いながら球根を高値で取引していました。多くの人がチューリップに釘付けになっていたこの時期は、「チューリップ狂時代」または「チューリップ熱」と呼ばれました。

このとき、人々を特に魅了したのが斑(ふ)入りのチューリップだったんですよ。独特の模様が人気でしたが、もとはこのチューリップ、モザイク病という病気にかかったものでした。けれど、病気の原因が分からないまま、新しい品種として注目を集めるようになっていきました。それから幾度となく品種改良が行われ、色鮮やかなチューリップが数多く栽培されるようになりました。

このころから外国の花を楽しむという習慣が生まれ、それが草花や木を楽しむガーデニングの始まりへとつながっていきます。

日本での歴史

日本でチューリップの歴史が始まったのは、l863年のことだと言われています。当時、日本では薬草のウコンの仲間と勘違いされていたので「鬱金香(うこんこう)」と名付けられました。

まだ数も少なかったため、一部の上流階級の人々や外国人が楽しむものと思われていました。日本もチューリップが入ってきたばかりのときは、庶民の手には届かず、ヨーロッパと同じような状況だったんですね。チューリップの切花は1本5銭という高い値段で売れました(ちなみに、当時の1日の労働賃金はl0銭〜20銭でした)。そして、江戸の末期になると、チューリップ栽培が少しずつ始まりました。こうして、明治40年頃には本格的に栽培されていったのです。

そんな中、米どころとして有名な新潟や富山でもお米の裏作としてチューリップに着目し、他の地域に比べて、より熱心に栽培していたことから、生産地として知られるようになりました。そんなわけで、今は新潟や富山以外に、鳥取などでも栽培が盛んに行われています。

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